▽ラーマ9世王の功績

 ではここでクイズです。これから王様の写真を何枚か見せるので、共通するものを探してください(笑)ヒントは持ち物です。

 

学生ライター:持ち物…。カメラですか?

 

正解です。あともう1つあります。

 

学生ライター:もう1つあるんですね(笑)…地図ですか?

 

 そうです。王様はカメラと地図を持って、貧しいエリアに行き、どうすれば人々の暮らしが良くなるか、庶民の声を聴いて回りました。そのために地図が必要だったんです。「ダムを作るのはどうか」だとか、「ここの道はこうした方がいい」だとか。そうした調査のために、カメラも持ち歩いていました。

 ラーマ9世王は、1950年代から貧しいタイが経済発展していく時期に国王としておられたわけです。その中で、彼は国を豊かにするために、現場に出向いてアイデア出しました。つまり、「開発の国王」なんです。

 

この写真も見て欲しいんですが、飛行機から何か煙が出てますよね。これ何だと思いますか?

 

学生ライター:薬ですか?

 

 いい線ですね。これは人工雨を作っているところです。

 農村部が貧しいのは水が不足しているからというわけで、雨を降らせばよいと。空気中の水蒸気が塵などにくっついて雨になりますから、その核となるドライアイスを撒いています。雨を降らす王様でもあったのです。

 私もある時家族で海岸にいたら、雨季でもないのに雨が降ったんです。なんでこんなときに雨が降っているのかと聞いたら、王様のプロジェクトだという説明を受けました。本当かは分かりませんが(笑)。とにかく、国王はこうして人々の尊敬を受けるようになっていきました。

 

 さらに、9世王は暮らしを改善するだけに留まらず、政治的な安定をももたらす存在となっていきました。

 暮らしが豊かになったことで学生が増加し、サリットやその後継者が行っている独裁的な政治に対して、民主化運動を起こすようになりました。その大きなうねりとなったのが、1973年の十月十四日革命(血の日曜日事件)です。

 政府と民衆の間で激しい衝突が起こり、何人もの死者が出ました。その時に9世王は「やめなさい」と、テレビやラジオで放送しました。独裁政治の中心人物は国外へ逃れて、その後、議会による政治が始まりました。

 このように、国王が政治的な混乱を収拾したわけです。そうなると、益々国王に対する尊敬の念が高まります。始めは「開発の国王」でしたが、政治的に安定させる役割も果たすようになってきました。

 

 1976年には、学生が虐殺される事件が起きます。タマサート大学で集会をやっていた学生に対して、警察や右派市民が襲い掛かって惨殺したのです。これで短い民主主義の時代が終わって、また軍事政権に戻りました。しかし、この事件が起きた時は、国王は止めに入ることもなく沈黙を守りました。そのためこのとき学生側にいた人たちの中には、国王に対する批判的な気持ちをもっている人がかなりいます。

 

 1980年代は元軍人のプレーム・ティンスラーノン(1920-2019)が首相となり、元軍人と政党政治家がまざった政権が続きました。その後、彼が引退して完全な政党政治になるかと思いきや、再び軍がクーデタを起こし政権を握りました。それに反発した人々が大集会を開き、そこでまた衝突が起きたため、多くの死者が出ました(1992年5月事件)。

 すると国王は、クーデタを起こした軍のリーダーと、それに反発する民衆のリーダーを呼びつけ、「いい加減にしなさい」とたしなめるわけです。この様子は日本でも中継されましたね。

 

 とにかく、国王は仲裁をして事態を収めました。これによって、さらに国王の権威が高まったわけです。

 政治的な対立の仲裁者、あるいは国を安定させる存在として明らかな力を発揮しました。さらに、個人としても、音楽を作ったり、絵を描いたりと多才な人で、思想家でもありました。タイが経済危機に陥ったときは、「儲けようとするのではなく、充足する事を重視する経済の方が良い」と発言し、国民の間にひとつの思想として流布しました。こうして、個人としても王室としても、権威がより高いものになっていきました。

 

本記事の後編はこちら>>「タイ王室の歴史と今【後編】

 

 

〇重冨 真一(しげとみ しんいち)国際学科教授

地域社会開発論、住民組織論、一次産品論

京都大学農学部農林経済学科卒業後、同大学農学研究科農林経済学専攻博士課程単位取得満期退学。京都大学にて経済学の博士号取得。日本貿易振興機構アジア経済研究所主任調査研究員などを経て、2015年、明治学院大学国際学部国際学科に着任。

著書に、『タイ農村の開発と住民組織』(アジア経済研究所、1996年)、『The State and NGOs: Perspective from Asia』(共著)(ISEAS, 2002)などがある。