取材日:2020/8/28
孫占坤ゼミの学生(17KS)に、2019年2月23日~3月8日にイスラエル、パレスチナで行った校外実習についてのお話を伺いました。
▽テルアビブ大学の学生との交流

R.M.:テルアビブ大学楽しかったね。
Y.K.:うん、それが一番楽しかった。そこの大学で日本語を勉強してる学生と交流したんだよね。
K.K.:そうそう。それで学校終わった後は、各自行きたいところに行ったね。
Y.W.:観光というか、案内してくれたんだよね。
R.M.:ショッピングモール で解散してそれぞれが買った食べ物をテラスみたいなところに持ち寄って食べたね。
R.M.:次の日の夜に、日本料理屋さん行ったよね。
Y.W.:そうだったね。
Y.K.:テルアビブ大学の学生が招待してくれたんだ。それで、ゼミ生が大学に行って、連れてもらったんだよね。
▽ヤッフォ
K.K.:この日の午前中はヤッフォのイツハク・ラビン首相(1922-1995)が暗殺された広場に行ったよ。
Y.K.:パレスチナとイスラエルって今揉めてるんだけど、一回雪解けした時期があったんだよね。その時の首相がラビンで、パレスチナに優しい人だったんだけど、過激派に暗殺されてから、また仲が悪くなったんだよね。
ヤッフォにはその他にも立派なモスクがいっぱいあったよね。
R.M.:うん。すごい神聖で、私たち入っていいのかなって感じだった(笑)
A.T.:この日の朝にベン・グリオン記念館にも行ったよね。
R.M.:そうだね。
A.T.:イスラエルの建国宣言をした人が住んでた家なんだよね。
Y.K.:当時、イスラエルが建国したから中東戦争が起きて、家に防空壕があったんだ。そういうのを見たよね。
▽ハガナー軍事博物館
Y.K.:ハガナー軍事博物館は中東戦争の時の博物館だよね。「ハガナー」っていうイスラエルの民兵組織で、国が建国宣言をしたときは、その民兵の団体が軍隊として、中東の国と戦ったんだ。
先生は、こういう博物館は「バイアスがかかってる」って言ってなかったっけ?
Y.W.:言ってた。自分たちの勢力の方に都合がいいからっていうね。
Y.K.:博物館はたくさんあったんだけど、イスラエル側は、イスラエルがいかにアラブ系の国から自分の国を守ったのかっていうところに着目してたね。逆にハガナーがおこした虐殺事件とかの展示もあったんだけど、そこまで着目してない印象だったかな。
▽ホロコースト歴史博物館
R.M.:ここの博物館はすごい印象に残ってるなあ。
Y.W.:うんうん、展示がすごかったよね。
K.K.:私、靴がいっぱいあったの覚えてる。収容所に入る前に靴を脱がされるんだけど、それがものすごい量で。ボロボロでペラペラだったんだけど、誰かが履いてたんだって思うと心が痛かったな。
R.M.:当時の写真もあったね。
Y.K.:衝撃的だったね。

A.T.:壁一面に映像が流れてて、語りかけてくる演出がすごく怖かった。
ゼミ生:うんうん。
Y.K.:生き残った人の肉声が残ってたんだよね。
あと、俺は亡くなった方の名前がズラーって連なってたフロアが、一番印象に残ってるな。衝撃的だった。
A.T.:この博物館はすごかった。負の遺産を残せてるのがすごいなって。民族的に嫌な記憶って残したくないと思うんだよね。でも、虐げられてた歴史が証拠として残ってて、後世に伝えようとしてるのを感じたな。
Y.K.:こういう負の歴史を積極的に残して後世に伝える場所はダークツーリズムって呼ばれてるよね。
▽ツァリ享子さんの話
Y.K.:夜はイスラエル人の方と結婚された日本人の方とイタリアンレストランでご飯食べたよね。
A.T.:イスラエルに来てから、キリスト教に改宗された方だよね。
R.M.:今現地でツアーガイドをやってるっていう人。
A.T.:キリスト教だと認められてはいても立場がないと感じるって言ってたよね。
Y.K.:イスラエルの生の生活の様子が知れたよね。
A.T.:イスラエルは色んな情報が飛び交っているって教えてもらったよね。
Y.K.:イスラエルでも日本のニュースが流れていて、日本で増税が行われたことも知っているって言ってたよね。日本人はあまりイスラエルのことを知らないのに、イスラエルの人たちは日本のことを知っていて驚いたな。