▽今後の研究目標を教えてください

 わたしたちは「多文化共生」を目指していますが、その一方で、社会の公共圏の中に厳然と存在している宗教を巡る諸問題については、特に日本社会では語られないことが多く、語らない方がいいという雰囲気さえあり、この話題はタブー視されているという印象を受けます。

 宗教は確かに人間の内面の問題、つまり外からそれに手を出してはいけない良心の問題であるという一面も持っています。何らかの行為として可視化していない場合、人間が内面で何を思っているのか、信じているのか、あるいは信じていないのかは他人にはわかりません。しかし多くの宗教は、例えば宗教実践の際に建物を建てて礼拝するといったように、実践という形で可視化してもいます。

 では、社会の中で観察されるそうした宗教実践をとおして、宗教がどのようにイメージされているか、表象されているかという問いを立ててみると、例えば日本社会においては、神道的、仏教的な長い歴史を有する宗教伝統と比較して、伝統に基づく社会的認知を獲得していない宗教に対する寛容さがきわめて低いと言えます。

 外から入ってきたキリスト教やイスラームに対しても、また、長い歴史をもたない、例えば幕末・明治期に生まれた諸宗教や、第二次大戦後に生まれたもっと新しい諸宗教に対して、身構えてしまうことが往々にしてあります。とりわけ、オウム真理教の事件以降、「怖い、怪しい、危険」といった社会的イメージが広まっています。

 こうしたイメージが生まれて、定着してきたこと、それ自体は、決して不可思議なことではありません。幕末、キリスト教禁教が解かれた明治初期から現在に至るまでの時間の短さでは、支配的宗教伝統と同等の認知を得るには不十分ですし、一部は「社会問題」化してきたという事実もあるからです。

 けれども、「日本社会における共生社会の実現」を目指そうとする場合に不可欠なのは、宗教に対して社会自身が抱いているこうしたイメージに対して社会が自己反省的に向き合うことです。個人として宗教に対してどのような思いがあるにせよ、宗教がこの、わたしたちの社会を形成している一部であることには変わりはないのですから。

 ですから、例えばイスラーム関連の報道の中で、イスラームが「怖い宗教」として表象されるという傾向の問題点の解明、つまり情報がどのように生産され、わたしたちに提供され、それによってどのような効果が生まれる可能性があるか、そして事実生まれているかという問いを立て続ける必要があります。これは決して、現在の日本社会における情報生産と普及のあり方にのみ関わるものではなく、先程言及した、ヨーロッパにおける反ユダヤ主義といった、過去や他地域におけるイメージや思想の形成にも妥当します。

 もし過去から学ぶべき重要なことがあるとするならば、それは過去についての情報や知識そのものであるよりも、そのような、特に共生社会の阻害要因となり得る情報や知識が生み出され、受容されてきたメカニズム自体についての洞察です。

 特に日本社会の一部に「宗教アレルギー」と言えるような傾向があるとするならばなおさら、アレルギー反応を引き起こすような原因となる「宗教」が、どのようなものとしてわたしたちの目の前に情報という形で提供されているのかを批判的に分析していくこと、それをまずは出発点として、共生社会を考えていく必要があると思います。

 現政権のもとで外国「人材」受け入れの問題が語られている昨今、日本で就業する外国人への生活支援に関する議論が不十分であるとの批判の声が聞かれます。そうした人々は、例えばそれまでの宗教的背景を捨てて日本社会で生活を始めるわけではありません。

 日本社会において彼ら・彼女らが自ら持っている宗教的アイデンティティを日本社会においてどのように保障するのかも、これからの問題のひとつとなるはずです。このようなことを念頭におきながら、研究の中心であるヨーロッパをはじめとする各地の「宗教」を巡る諸問題について考えていきたいと思っています。

 

 

▽学部生時代はどのような学生でしたか?

 一般教育科目の講義を聞いて関心をかき立てられて色々なコミューンに行ったり、キブツで生活したりと、外に行って自分の目で見ることが多かったように思います。また、横浜の寿町や東京の山谷、大阪の釜ヶ崎などの日雇労働者街に行って、宗教的背景を持つ人々による支援活動について学んだりもしました。

 これらの地域は、高度経済成長期に日雇労働者が集まって形成された場所です。人々は野宿をするか廉価な簡易宿泊所に泊まり、毎朝「労働力」確保のために来る業者のマイクロバスに乗って、「労働力」として色々な場所に連れていかれます。そうした日雇い労働者街には宗教者が入って、炊き出し等の支援をしています。

 今のわたしは歴史や思想を主に文献から研究していますから、そのような現在のわたしからは(自分でも)想像ができませんが、学生時代にはこのように外に出て色々なものを目で見て、身体で学ぶということをしていました。

 4年生になって卒論を書かなくてはいけなくなり、勉強に本腰を入れ始めたらおもしろくなってきて、せっかく大学で数年間学んだのだから大学院を受けてみようと気軽な気持ちから受験してしまったことが、その後の歩みを決めてしまったと言えるでしょうか。

 

 

▽学生の間に読むべきおススメの一冊は何ですか?

 みなさんの置かれた状況や読み方次第で、すべての書物はお勧めの一冊になりますが、あえてひとつだけ選ぶとすれば、『田中正造文集』(二巻。岩波文庫)でしょうか。大学で学ぶとは一体何なのかを考えるきっかけになると思います。

(取材日:2018/11/22)

 

 

〇久保田 浩(くぼた ひろし)国際学科教授

宗教学・宗教史学。ドイツを中心とするヨーロッパのさまざまな宗教運動・思想を同時代の政治的・文化的・学問的動向と関連させて研究している。

国際基督教大学教養学部人文科学科(教養学士)、東京大学大学院人文科学研究科宗教学宗教史学修士課程(文学修士)、同博士課程を経て、Eberhald-Karls-Universität Tübingen, Seminar für Indologie und Religionswissenschaft, Abteilung für Religionswissenschaft修了(Doctor philosophiae)。Eberhard-Karls-Universität Tübingen, Fakultät für Kulturwissenschaften専任講師、准教授、立教大学部文学部教授、Johann Wolfgang Goethe-Universität Frankfurt am Main客員教授等を経て、明治学院大学国際学部国際学科教授。

主な著書に、『「呪術」の呪縛』(共編著)、『文化接触の創造力』(編著)、『宗教とファシズム』(共著)、Religion, Politik und Ideologie. Beiträge zu einer kritischen Kulturwissenschaft(共著)、Religion and National Identity in the Japanese Context (共編著)、Religionswissenschaftliche Religiosität und Religionsgründungなどがある。