学生時代はどんな学生でしたか?

 学部生時代は、今の学生と違って留学はハードルが高かったので、大学院に入ったらしようと思っていました。当時はバックパック旅行が流行っていて、私もその流れに乗り、長期休暇になると、リュックだけ背負って比較的安い旅館や、ホテルに泊まり、中東をめぐっていました。普段は、旅行資金を貯めるために、家庭教師のアルバイトをしていました。また、アラビア語やペルシア語、トルコ語などの語学を勉強していました。

 大学の授業やゼミなどには出ていましたが、私より上の世代は、今の大学のように、14回のシラバスや、カリキュラムがしっかり決まっているような時代ではありませんでした。そのため、私の先生だった人は「10回やればいいですよね」といったことをおっしゃって、生徒もそれに賛同するといったような、とても緩い雰囲気でした。また、秋休みがあったりしたので、学生は必要最低限の授業に出席して、基本は自分で勉強するものだという意識が強かったです。自分で本を読み、行きたい場所を決め、その国の事を詳しく調べ、実際に行く、という流れですね。

 一方で最近は、大学の勉強を予習復習も含めてしっかりする、アメリカ的な大学になりつつあると思います。今の皆さんは、大学の中で学ぶ時代だと思うので、私たちとの学び方の違いに驚くと思います。このように、自分で勉強して、長期休みに海外に安旅行していたのが私の学部生時代です。その後、大学院に入ってからエジプトやイギリスに留学しました。

 

 

この研究分野を志した理由は何ですか?

 皆さんのご両親も大体同じ世代だと思うのですが、私が高校生の頃、日本はバブル時代で、とても景気が良かったので、お金を使う事に関心が強い時期がありました。高校生の私は、そのような時代に、進学先の大学や将来についてどうしようかな、と考えていました。当時、多くの日本人は、日本が世界で2番目の大国だと思っていました。しかも、今の若い人に言うと驚くかもしれないですが、本当にアメリカを超えるかもしれないって思っていました。そして、日本は経済だけでなく、(現在でも評価されている部分もあると思いますが、)伝統や重み、歴史もある日本文化もすごい、と考えられていて、日本全体に自信があった時代でした。

 当時の日本人は、大きく分けて2つの考えに分かれていました。1つ目は、「日本はすごい」と考える人たち。2つ目は、「アメリカやヨーロッパなどの西洋から、より一層学び、日本が負けないようにするべきだ」と考える人たち。しかし、高校生の私は、「両方とも何か違うのではないかなあ」と漠然と思っていました。そこで、本を読み、調べていたら、世の中には、人口も多く、歴史がとても長い、イスラーム文化があり、ヨーロッパよりも先に栄えていたという事を知りました。そこで、日本や西洋ではなく、イスラームこそが、勉強するのに面白そうなテーマではないかと思いました。

 私は東京大学の文学部イスラーム学科に入りました。大学生の間にバックパック旅行でエジプトや、シリア、トルコに実際に行くと、日本との違いが一層面白く感じ、大学院に行こうと考えました。このように、ある意味で若気の至りのような流れで、イスラームに着目し、研究するようになったのです。

 

 

学生の間に読むべきオススメの1冊は何ですか?

 おそらく、他の先生も悩まれたと思うのですが、私も、とても悩んで1冊を選びました。私がおすすめするのは、『バガヴァッド·ギーター』です。

 これは、ヒンドゥー教徒にとっては最も重要な聖典、聖書です。ヒンドゥー教の『マハーバーラタ』という大きな叙事詩の中の一部なので、文庫本で1冊程度の量です。ガンディーはこの聖典を座右の書として、常に読んでいました。悩んだり、挫けそうになったりした時に、勇気付けられたと言っています。

 さらにガンディーは、『バガヴァッド·ギーター』を読むだけでなく、解釈を書いています。先ほど、私はクルアーンの解釈や解釈者に関心があり、研究をしていると言いました。そこでガンディーの『バガヴァッド·ギーター』解釈にも関心が向いたのです。

 今回は、『バガヴァッド·ギーター』の「戦場に行って敵を殺しなさい」という言葉の解釈を紹介します。この言葉だけを聞くと、平和主義者のガンディーが、常に読んでいた本としては意外だと感じると思います。しかし、ガンディーは「戦場」を、地面の上で実際に起きる戦いではなく、「戦場は自分の心にある」と解釈しました。また、「敵を殺す」は、本当に血を流して殺すという意味ではなく、「心の中で善と悪と戦っていて、自分の心の中の悪を倒しなさい」と解釈しました。そう聞くと、ガンディーが常に読んでいたことが納得できるのではないでしょうか。『バガヴァッド·ギーター』はそのまま読むと「迷わず殺せ」などと書いてありますが、解釈によって、ガンディーの現代的な平和主義、不服従、非暴力の思考の土台となったのです。

 イスラーム教にも、似たイメージがあると思います。例えば、クルアーンにも「敵を見つけたら殺せ」と実際に書いてあります。私はそれをガンディーが行ったように、平和的に解釈できるのではないかと考えていています。

 しかし、私自身はイスラーム教徒ではないので、私が解釈してもイスラーム教徒の人たちは、「外部の研究者の人が何か言ってるな」としか思われないと思います。ですが、最近はようやくイスラーム教徒の中でも、クルアーンは「異教徒との平和的な共存を追求している」と解釈され始めているので、その動きがもっと強まって、広まっていけば、紛争も納まる方向に進むのではないかと考えています。

 もちろん、解釈だけでなく、政治や経済による努力も必要です。ですが、文化的な方面からのアプローチも、平和的な社会を作る1つの助けやきっかけになるのではないかなと思い、私はそれを研究対象にしています。このように今回『バガヴァッド·ギーター』を紹介しておすすめしたのは、ガンディーの事も勉強しながら読んでもらうと、国際学部の人の大きな関心のテーマである、平和や、紛争解決、異文化理解などを考えられると思ったからなのです。

(取材日:2019/01/29)

 

 

〇大川 玲子(おおかわ れいこ)国際学科教授

イスラーム学/クルアーン(コーラン)研究。

ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS) 修士課程修了後、東京大学人文社会系研究科博士課程修了。日本学術振興会日本学術振興会特別研究員(PD)や横浜国立大学非常勤講師を経て、2009年に明治学院大学国際学部国際学科に着任。

著書に『チャムパ王国とイスラーム ──カンボジアにおける離散民のアイデンティティ』(平凡社)や『イスラーム化する世界 グローバリゼーション時代の宗教』(平凡社)、『クルアーン 神の言葉を誰が聞くのか』(慶応義塾大学出版会)など。