▽学部生の頃の様子を教えてください。

 僕の高校は、クラスの半数以上は医者になるような、国公立の医学部進学者10年以上連続して日本一の理系に特化した進学校でしたし、運動部に所属していたので、文学や演劇とは離れた場所にいました。当時から医者になるつもりはなかったのですが、大学では「生物系の研究をするのかな、そこに運動部があれば良いかな」と、なんとなく思っていました。ですが、3年生の時に悪い友達ができて、彼に演劇や文学を叩き込まれてしまいました(笑)まさかとは思っていたのですが、そちらの方にどんどん吸い込まれていてしまい、結局、その年は自分がよく分からなくなってしまいました。心が乱れてしまって勉強をしなくなり、3年生の11月まで運動部だけを続けて、受験ができなくなってしまいました。一応、現役の時も受験はしたのですが、やはり駄目で浪人して大学に入りました。ですが、その間にすっかり気持ちが変わってしまい、演劇や文学、ドラマをやりたいと思うようになりました。

 なので、大学生の頃は映画を観みまくり、演劇に没頭し、映画のサークルも手伝いにも行くなど、とにかく現場にいました。そして、先ほどもお話したように、そんなに難解な事をやろうとは思っていませんでしたが、将来は物語を作ってお茶の間に届ける仕事をしたいと思うようになりました。また、専攻は哲学だったので、原始仏教やインドの古い哲学、老荘思想などを勉強していました。それらの本を読む事と演劇、そして欧米、インドやネパールをさまようだけで、4年間は過ぎて行きました。

 今も新聞の連載小説を書いているように、多分これからも大学の教員を中心にした生活をしながら、表現を続けていくと思っています。様々な所を歩いてきた人間の方が、やはり表現の素材に恵まれています。僕のような人生の場合は、裾野が広い方が良いと思います。

 

 

▽学部生の間に読むべきオススメの1冊は何ですか?

 1冊本を推薦するのではなく、ゼミで学生にやってもらっている、2つの読書スタイルを紹介します。

 1つ目は、「本を読む事」を毎日の生活の中で、習慣づけてください。本は、テレビや映画とは違って、人間が想像力を育める唯一の物だと思っています。作家はイメージした事を、文字という記号を書き連ねて表現していきます。一方で、読者はイマジネーション力によって、自分の頭の中に文章の映像を思い浮かべます。この能力は実は大変な能力です。テレビや映画が悪いという事では決してありません。ですが、テレビや映画の場合は、観客全員が同じ完成した映像を見聞きするため、受容するしかありません。一方で、本の場合、10人いれば10人が違うイメージを頭の中に思い浮かべます。

 人の頭の中にイマジネーションを喚起させる力がある物として、クラッシック音楽などもありますが、本が一番シンプルにそれをさせます。本を読む事が生活の中にある程度、習慣としてあるかいないか、という事は大きな違いになります。よく、「本を読むと教養が身につく、知識が身につく」と言われますが、そういう事ではなく、本を読むとイマジネーション能力を要求されるので、頭の中のクリエイティビティが保たれるようになります。

 2つ目は、1冊の本をじっくりと読みながら、「扉」を作りその「扉」を開けてください。最近は、速読や瞬読がもてはやされていますが、知識なんて入れてもすぐになくなってしまいます。例えば、1ヶ月前に読んだ本の内容を今すぐに思い出せますか?覚えている事もあるでしょうが、基本的にほとんどの事を忘れてしまいます。ですので、それよりも1つ目に紹介した、イマジネーション能力を常に喚起させる事や、本の中に「扉」を作る事に挑戦してみてください。

 僕の3年生のゼミ生には、日中戦争と太平洋戦争で亡くなった戦没学生の手記集の『きけ わだつみのこえ』(岩波文庫, 1995)、ベトナム戦争に投入された米兵が本国の家族や恋人に宛てた手紙集の『Dear America Letters Home From Vietnam』(W W NORTON & CO, 1987)、サン=テグジュペリの『戦時の記録』(みすず書房, 1988)と『母への手紙』(みすず書房, 1987)という作品を読んでもらいました。僕は平和の礎を築くためには、複数の視点を持つ事が必要だという信念を持っているので、これらの作品を通し、日本兵と米兵という敵味方の手記を同時に読んでもらいました。例えば、特攻隊の遺書などを読むと胸に響いて、特攻隊の全てを美化し、「御国のために命を捧げた尊い人々」と言いがちになります。ですが、忘れてはいけない事は、その特攻隊員が米兵の事を殺しています。つまり、両方の視点を持たなければいけません。

 ここで大事な事は、分からない言葉が出てきたら「扉」を作り、その「扉」を開ける事です。これらの作品は、戦前の学生の手紙のため、分からない言葉がやたら出てきます。特に『きけ わだつみのこえ』は、基本的に東大生など、頭の良い人たちが書いた文章なので、哲学者の名前が多く出てきます。そのような、自分の分からない言葉をどんどん調べる事が、「扉」を作り、開けていく事です。つまり、「読む事は書く事だ」というスタイルをとっています。その作業は、読書を立体的にさせますし、その「扉を設定して開ける」という行為自体が、知の冒険に繋がります。多くの学生はこれを気に入ってくれているようです。

 速読のように、パーっと読んで分かったつもりになるのではなく、1冊の本をじっくりと読み、分からない言葉や興味がある言葉があれば「扉」を作って開けていく、1冊の本から何十冊の本に繋がっていく、という読み方をオススメしたいと思っています。

 なぜこれが重要かと言うと、社会に出て成功する人は、何もないところに「扉」を設置できる人だからです。上司に言われた事をするだけでは、一生従業員のままだと思います。「この仕事をやろう」、「この仕事を若い社員にやらせたい」と考える人はしっかりと「扉」を自分で設置する力があります。会社を引っ張っていく人、組織を引っ張っていく人、あるいは何かを発明する人などは、何もないところに「扉」を立てて、開けられる能力がある人です。その基礎訓練として本を読み、分からない言葉があったら「扉」を設置し開けるという繰り返しが、実社会における「扉」を立てる能力に繋がってきます。これは読書の最も幸福な方法だと思っていますし、僕にとって速読はあまり意味のない事だと思っています。

 なので、「1冊のこの本!」というよりも、これら2つのスタイルをオススメします。

(取材日:2020/08/07)

 

 

〇助川 哲也

逆境文学、辺境文学/トマト、ペッパー、豆類など、中南米産の農産物の伝播から見る人類史/ロック、ポップス(日英米アイルランド)の歌詞から分析する社会問題/朗読と歌唱

早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒業後、雑誌ライター、放送作家、歌手、作家、渡米等を経て2019年に明治学院大学国際学部国際学科に着任。

著書に『あん』(2013)『星の王子さま(全訳)』(2016)『線量計と奥の細道』(2018)など。