取材日:2024/03/05
▽明治学院大学の国際学部 国際学科に入学した経緯を教えてください。
私は親の仕事の関係で幼少期を台湾で過ごし、インターナショナルスクールに通っていました。小学生になるタイミングで日本に戻った際に逆カルチャーショックを受けたことで、その後も海外への憧れが強く残りました。そのため、高校2年生でベルギーに1年間留学に行き、国際関係やフランス語に興味を持つようになりました。高校3年生になり進路を考えていた際に、大学でも留学を経験したいという希望があったため、明治学院大学の説明会で留学プログラムがとても充実していることを知り、明治学院大学の国際学科とフランス文学科を受験し、国際学科に入学しました。
▽大学時代はどのような活動を行っていましたか?
大学時代は愛好会吹奏楽部に所属し、主将を務めました。小中高と吹奏楽を続けてきて、大学では他のことをしようと考えていましたが、2011年の東日本大震災直後に大学に入学したため、授業開始が5月になったことから、部活動の見学ができず、今までやってきた吹奏楽を大学でも続けることにしました。大学でも留学を経験したかったのですが、部活動が忙しく、さらに吹奏楽連盟の理事も任されていたため、留学の機会を逃してしまいました。国際学部の授業では浪岡先生や勝俣先生から平和研究の基礎を学んだこと、基礎演習でEU法の専門家の先生の授業を受けたことが印象に残っています。2年生からは浪岡ゼミに所属し、政治や国際関係について深く学びました。浪岡ゼミに入ったことが私の大学人生の全てと言っても過言ではないくらい、色々な影響を受けました。ゼミの人数が少なく、厳しいゼミだったため、精神的にも能力的にも鍛えられました。同時に、教員免許状取得のための授業も履修し、社会科の教員免許状を取得しました。教職の授業自体は白金で開講していたため、全ての授業を受けることができず大学卒業後も半年間だけ科目等履修生として授業を受けて教員免許を取得しました。加えて、大学2年の夏休み期間に1か月ニュージーランドでインターンシップを経験しました。ニュージーランドのオークランドにある語学学校の営業や広報、受付業務などを担当していました。

↑国際学部の大部分を占めていた浪岡ゼミの仲間たち。
▽大学卒業後にフランスに渡航した経緯を教えてください。
大学在学中にできなかった留学の夢を叶えること、大学院に進学すること、この2つを叶えるためにフランスに渡航しました。大学3年生から海外の大学院に進学したいという気持ちが芽生えてきました。海外に行くことは慣れていますし、海外に住むこと自体に抵抗はありませんでしたが、フランスが自分に合わなかったらどうしようという不安がありました。しかし実際にに現地で生活してみなければわからないと考えたため、3月に明治学院大学を卒業した後、約半年間教職の授業を履修しつつアルバイトをしてお金を貯め、10月からワーキングホリデービザでフランスに行き、語学学校に行ったり、現地でアルバイトをしたりして、フランス生活が自分に合っているのか見極めました。その後、大学院進学を決意し、大学院に応募できるレベルのフランス語は身についていましたが、フランス語で大学院レベルの授業を受けることに少し不安があったため、大学の付属語学学校に入学しました。そして、大学院への進学を目指し、さらにフランス語のレベルアップを図りました。その後、法改正など様々な要因が重なり、学部の2年生から編入して大学院に入学することになりました。フランスの大学と大学院ではPolitical Scienceを専攻していましたが、途中本当に政治を学びたいのか迷った時期もあり、1年間授業を受けなかった期間に日本語の先生をしてみたのですが、結局政治を勉強したいという思いが強く、最終的に5年をかけてフランスの大学と大学院を卒業しました。
▽大学院でフランス語で授業を受けることに関して語学面での苦労はありましたか?
語学面に関しては、1年間大学入学前に大学の付属の学校のレベルが高いクラスに入っていてしっかり勉強をしていたため、不安や苦労はあまりなかったです。語学学校の生徒にはネイティブスピーカーがいないため、私は外国人として授業が受けやすかったです。大学院の授業の内容は学部で学んだ内容も含まれていたため、理解できる部分が多く、あまり苦労はなかったです。強いていうのであれば、ノートテイクは大変でした。授業中に内容を録音したり、友人からノートを借りたりして授業内容をまとめていました。また、セミナーの少人数の授業ではグループワークの際に3人ほどでのグループディスカッションが多く、自分から積極的に発言していかなければならないため、大変でした。

↑フランスのマスター(修士2年目)のクラスメートとのクリスマスパーティー。
▽フランスの大学院卒業後はどのような経緯で現在のお仕事に就きましたか?
フランスの大学院生は1年目か2年目に必ずインターンシップを経験するという決まりがあります。私の場合、大学院1年目は新型コロナウイルスが収束した直後だったため、インターンシップを探すことが困難だと思い、1年目は論文を書き、2年目にインターンシップをすることにしました。国際機関にインターンシップとして無事に採用していただき、そのインターンシップ先であるWHOの専門機関、国際がん研究機関(IARC)で現在も働いてます。戦略企画室のような部署に所属しています。
▽フランスでインターンシップをどのように探しましたか?
色々な方法があると思いますが、 知人の家族が現在の職場で働いていて、タイミングよくインターンシップ生を探していたらしく、採用していただきました。ちょうどその頃、私が現在所属している部署が日本の企業にコンタクトを取りたかったらしく、たまたま日本語とフランス語と英語を話すことができる私がインターンシップを探していたという状況でした。フランスのインターンシップや就職活動の傾向として人脈がとても大切で、知人の伝手で仕事を獲得する方が多いように感じます。また、日本のような新卒一括採用の文化がないため、求人が出ていたら自分で応募するか、求人が出てなくても自分から積極的に連絡を取ることも一般的です。
▽フランスで仕事をしてみて、日本文化との違いを感じることはありますか?
私が働いている環境は特殊で、フランスというより国際機関で仕事をしているため、インターナショナル色が強いと思います。約60か国の人が働いていますが、私の部署は私以外全員フランス人という環境です。働いていて感じることは、日本に比べてオンとオフがはっきりしていることです。仕事を上手く区切り、ここまでやるという見切りをつけてやりくりするのが上手だと思います。自己管理も仕事のうちで、仕事が終わらなかったら自分の責任で、 早く終わったらラッキーだという考え方が強く、拘束されていないように感じます。あとは、職場がフレックス制を導入しているので、勤務時間が自由で、保育園やベビーシッターの制度も充実しているため、女性が働きやすいなどの特徴があります。
▽60か国の方がいる職場環境で働いているとのことですが、多文化を感じるエピソードはありますか。
廊下ですれ違う人や初めて話す人に対して何語で話しかけた方が良いのか分からないことに多文化な環境で働いているという実感が湧きます。職場での公用語は英語かフランス語のため、英語で話しかけることが一番無難ですが、英語の発音にフランス語らしさを感じたりすると話す言語をフランス語に切り替えたりします。あとは、ランチタイムの時に、オフィスの中に様々な国の料理の匂いが充満します。家から昼食を持参する人が多く、スパイスの匂いやアジア料理の匂いなど様々な匂いを感じたときに多国籍な職場で働いているなと感じます。

↑いろんな国籍+バックグラウンドの同僚。
▽現在のお仕事の魅力的な面と大変な面を教えてください。
様々な業務を担当する部署に所属しているため、とても大変だと感じる場面が多いですが、それと同時に仕事が面白いと感じることが多いです。自分の夢である国際機関で働くということが叶えられたので、自分の仕事に大きなやりがいと達成感があります。ある日は街の団体とイベントを共同で開催したと思ったら、次の日はホワイトハウスと電話をしていることもあります。また、現在の職場で私は唯一の日本人のため、日本との架け橋になれていることが魅力的な面だと思います。日本人の来客があったり、日本と仕事をしたりする際にはすぐに私に連絡がきます。国際機関で自分が日本人として役に立っていると思うと嬉しいです。

↑国際機関で働いていることを実感する風景。
▽ここまで頑張ることができる原動力は何ですか?
私は根本がとても負けず嫌いで、「勉強は裏切らない」という座右の銘を自分で作り、これまで頑張ってきました。スポーツや芸術は才能や遺伝、環境などの条件が必ず必要だと思います。勉強はやればやるだけ成績が上がりますし、楽しさを感じるため、ここまで努力することができたと思います。また、国際学部出身の方たちは皆活躍していて、再会する度に様々なエピソードが増えていて、その活躍に刺激を受けます。皆も頑張っているから私も頑張らなければ、というマインドになります。
▽社会人になるために何が必要だと思いますか?
明治学院大学の教授の「会社人になるな社会人になれ」という言葉が印象に残っていて、社会人になることと会社で働くことは必ずしもイコールではないと思います。社会に出ることと会社で働くのは別のことです。社会人になっても、ある一面だけを見るのではなく、色々な分野に対して興味を持ち、努力や挑戦を続けることが必要だと思います。
▽あなたにとっての国際学部とは何ですか?
国際学部は、今の私を形成し、将来の私を築く場所です。明治学院大学の国際学部に通っていなかったら、おそらく今の自分は存在しないでしょう。国際学部には多様な学生がいて、教授も異なるバックグラウンドを持っています。大学を卒業した後も、国際学部の友人やゼミ仲間とは頻繁に連絡を取り合い、今でも会うことがあります。
▽読者へのメッセージをお願いします。
自分の直感を信じて突き進むことが大切だと思います。もし何か心に響くものがあれば、それを躊躇わずに追求してみてください。失敗したときは一歩後退して、再度チャレンジすれば大丈夫です。失敗は成功への道標なので、どんな困難に直面しても、諦めずに前に進んでください。
〇庄司愛美
2011年に明治学院大学国際学部国際学科に入学。
在学中は浪岡ゼミに所属。また課外活動として愛好会吹奏楽部に在籍。
大学卒業後、フランスのリヨンに渡り、Université Lumière Lyon II にて政治学を専攻、学士と修士号を取得した。
現在、WHOの専門機関である国際がん研究機関(IARC)に勤務。
